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大谷翔平、打者44号HR・投手靭帯損傷降板

花巻東高校時代の大谷選手

花巻東高校時代の大谷選手は160㎞の高校最速を記録しました。

  • 花巻東高校を選択 2009年菊池雄星投手選抜準優勝(3年先輩、現大リーガー)
  • 大谷入学当時 190㎝・体重60㎏台細身
  • 筋トレ 20㎏がやっとの劣等生
  • 冬水泳トレで肩の可動域、肩の回転、水泳センスあり、怪我の防止

体力面の劣等生ですが運動センスは優等生であった。甲子園を目指す夏の岩手大会準決勝戦で160㎞を記録、注目される選手でした。

2023年夏、花巻東高校は岩手代表で甲子園に出場、甲子園で大きな活躍しました。

大谷選手は甲子園2度出場 2年生の夏投手(怪我でリリーフ151㎞ 高校最速・4番)、3年生選抜

投手・4番で出場 夏の岩手大会で160㎞を記録、みちのくのダルビッシュと言われた逸材。 

日本ハムファイターズ時代の二刀流5年

2012年ドラフトで日本ハムが1球団の指名(大谷が大リーグ志望が強いため)、監督栗山監督が説得2013年日ハム入団、二人三脚で二刀流に取り組む

  • 2014年オールスター投手160㎞12個162㎞2個のスピード投球
  • 2014年 投手 24試合登板 11勝4敗 防御率2.61 打者 87試合 234打席 打率274 本塁打10本
  • 2016年 ソフトバンク戦 165㎞

日ハム時代(5年間)の活躍と怪我 フルに活躍できたのは2016年度のみ!  

  • 2013年 入団すぐに怪我で離脱 オリックス戦で外野守備中にボールを追いかけ、スライデイングでフェンスに激突捻挫 二刀流延期 前途多難な二刀流のスタート
  • 2015年(20歳) 投手で15勝 打撃 ホームラン5本
  • 2016年 登板中に手の指にマメをつぶして降板する ホームラン22本 打率322厘
  • 2017年2月 右足首を痛める怪我でWBCを欠場
  • 2017年4月 復帰後試合中に1塁へ走塁中に左太ももを痛め2か月以上欠場、その後出場するも結果が得られず

2017年OFF 高校時代からの目標、二刀流で大リーグへ移籍を敢行 エンゼルスに入団会見

二刀流を希望してエンゼルスへ入団

100年前のベーブルース以来、不可能とされた投打二刀流を大谷翔平は志望して本場アメリカ大リーグエンゼルスへ年俸も大幅ダウンで移籍しました。

大谷翔平、高校時代からの憧れである大リーグへ移籍を決意、未知の二刀流を掲げ日本から単身、野球のメッカ大リーグへ飛び込みました。日ハムで栗山監督の元で5年間、投打二刀流を模索し続けました。165㎞のスピードとフルスイングでホームランを打つ「大谷翔平」は魅力でした。しかし、度重なる怪我と故障に向き合う日々が続きました。日ハム時代 投手として14~16年の3年間一定の成績、打者として16年度104試合で打率322、本塁打22本を上げる。

大谷翔平 靭帯損傷今季絶望 手術の可能性

大谷翔平 怪我との戦いを繰り返す

大谷翔平は常に全力投球、フルスイング、全力疾走の野球を繰り返し、投手として、最速165㎞、大きく曲がる・落ちる変化球を投げ、肩・肘・指への負担が大きく手術や安静によるリタイアを繰り返し、打者としてはフルスイングによる負担、走塁による怪我を恐れず全力な取り組みが怪我を引き起こします。大谷選手は休むことなく試合に出続ける選手です。今年は120試合のうちに休息2試合のみで大リーグでも突出して試合に出続けています。

100年に一度の大谷選手の二刀流は過酷なスケージュールの中で新たなスタイルを大リーグに披露している。大リーグのスター選手になった大谷は春のワールドベースボールでの活躍に続いて、大リーグでもア・リーグ本塁打王として活躍中に、二刀流の右腕靭帯損傷の画像に落胆、29歳大谷翔平はマウンドに必ず戻ってくる。