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2024年春 大阪中之島に未来医療国際拠点

新幹線新大阪~関空を結ぶなにわ筋線計画

豊臣秀吉の大阪城築城によって瀬戸内大阪湾~淀川~京都の船着き場となり、江戸時代は米問屋淀屋が全国の米を集積し繁栄しました。中之島は明治維新後も商都大阪の中心地として繁栄し昭和の高度成長を支え続け、さらに北浜の商品相場取引場などは繁栄の象徴でした。バブル崩壊後、平成期になって東京一極集中により、商業の中心地御堂筋淀屋橋・本町・船場界隈の本社機能の東京移転が加速しました。大阪市庁舎・日本銀行大阪支店がある中之島地区は大阪大学医学部の吹田市移転などで広大な空き地と駐車場となり大阪市の一等地の衰退の光景が続いていました。大阪復権ののろしが上がり、大阪府・市一体行政・経済界・大学などが連携して「大阪の復活」を描き立ち上がりました。中之島地区開発もその拠点になります。京阪電車が天満橋で分岐し中の島まで延伸しました。しかし、計画の乗客数は半分に留まりました。今、中之島エリアは2025年に開催される「大阪・関西夢洲万博」、2030年に開業予定の「IR計画」、2031年にJRと南海が相互乗り入れする「なにわ筋線新設」により新大阪~大阪駅地下駅と新今宮~関西国際空港との直結駅「中之島駅」が浮上し、交通アクセスの整備計画により中之島再開発の勢いを示しています。

うめきた二期工事+中之島再開発の連動