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世界的特許の町工場 廃業 岡野工業

痛くない針で特許年商8億円の黒字で廃業決断

バブル崩壊後の平成不況は厳しい歩みが続きました。戦後復興と高度成長期の中でオイルショックなどを乗り越えてきた日本が、過度なバブル経済の崩壊による経済混乱の中でアジアの新興国への工場移転・技術移転が加速し、輸出国から輸入国へと変わってきました。

企業の海外移転によって、町工場が衰退し縮小・廃業が加速しました。

日本の99.7%が中小企業です。0.3%が大企業で従業員の規模で63%が大企業、37%が中小企業です。日本は海外との賃金格差を調整するため、当時派遣・契約社員の雇用形態が生まれました。2008年のリーマンショックになると不安定な雇用体系の影響で「年越し派遣村」などが問題になりました。

岡野社長は先代から会社を大きくするなと言われて、町工場として技術の開発に専念してきました。しかし、現在に至って後継者を作ることが出来なくなり、2年後の廃業を決断したと報じていました。

写真を見ると、元気で自信に満ちた表情から年相応に弱ってきたように見えました。 (記事や画像から)

リチューム電池のケースの開発

アップルのアイホーン(2007年)発売から11年になります。アップルのCEO故ジョブズ氏は開発に当たって日本の技術や感性を求めて日本の町工場の技術を求めたと言われています。

小型化するスマホの使命であるリチュームイオン電池を包むケースを岡野工業の技術が生かされました。

リチューム電池は充電したり作動する段階で熱を発します。ケースが破損したり中のものが漏れたりすることで発火の事故にもつながります。一枚のステンレスの板からつなぎ目のないケースを作り出す金型技術は何百回と繰り返す中から生まれました。

岡野工業 痛くない0.003㎜の注射針を作り出す特許技術

岡野工業の岡野社長は相談を受けました。糖尿病を持っている患者はインシュリン注射を一日何度もしなければなりません。太い針先だと”痛くてあとば残る””ので

岡野工業で何とかならないかと相談を受け、開発に取り掛かったと言われています。ステンレスの板を丸めて先端に行くほど細くすることを、何百回と試行錯誤しながら特許技術を作りだすことに成功しました。

小さな会社の特許は大企業に提供すると大企業に取られることが沢山あります。

多くの人に使ってってもらい、特許が守られるように医療機器流通大手テルモと共同特許としたと記されています。

岡野社長の旋盤技術と経験値で目指すものを作り上げる技術は日本の歴史の中で積み重ねられてきたものです。

これからも、町工場の中から最先端の技術が生まれることを期待します。

日本には海外ではたどりつけない、堺の包丁、新潟燕の洋食器、新しくは炭素繊維など日本は歴史的に技術を探求する国民です。 今もオンリーワンの製品が日本から生まれています。