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世界の工場・消費大国中国にどう向き合う?

中国共産党のピラミッド組織と意思決定

14億人の国家・国民を掌握している中国共産党は、中国国家を統治して70年、厳しい社会政策の中で権力闘争があり、毛沢東を崇めた一人の主席によって統治され国家統治を続けています。中国の貧困時代、権力闘争が起こり毛沢東が地位を奪われた時、1976年「文化大革命」運動を起こし10年間、粛清・制裁の社会運動でさらに疲弊しました。首謀者4人組を処刑し毛沢東を象徴として崇めました。追放から復帰した鄧小平は「改革開放政策」で上海などを特別区として資本主義経済を取り入れ、中国成長の素を気づきました。1989年には学生・若者が自由を求め、当時の胡耀邦総書記も理解を示しました。しかし、天安門広場にデモを広げた運動に、軍隊を投入制圧しました。胡耀邦総書記思想は失脚しました。

バイデン大統領、民主主義と専制主義の闘い!

アメリカのバイデン大統領は就任後、初の記者会見で、最大の外交課題である中国との関係について「民主主義と専制主義の闘いだ」とし、中国との競争を制することに力を注ぐと強調しました。「衝突は望んでいないが厳しい競争になる。中国は国際社会のルールにのっとり公平な競争や貿易をしなければならない」と表現しました。

習近平国家主席は「民主主義は機能せず、専制主義がこれからの潮流だととらえている」と評し、米中関係は「21世紀における民主主義の価値と専制主義との闘いだ」と位置づけ、民主主義国との協調を築き臨んでいくと、就任後、アメリカの国民の意思と民主主義国間との協調・連携を図っています。

G7外相、「台湾海峡の平和と安定」を協調

5月5日、主要7カ国(G7)外相会合が英国で3日間の日程で討議を行いました。採択した共同声明は「台湾海峡の平和と安定の重要性を強調し、両岸問題の平和的解決を促す」と明記されました。4月に日米首脳会談と同様の見解を示しました。カナダ、欧州主要国が日米に足並みをそろえたことになります。声明では東シナ海や南シナ海での中国の海洋進出に懸念を示し、中国の「核心的利益」と位置づける台湾問題にG7が一致した対応を取ったことで中国側が「対中包囲網」と反発する可能性がある。G7外相会談は権威主義を強める中国に民主主義陣営が結束して対応するかが注目される。

G7外相会合の共同声明のポイント

G7の外相会合の中心議題は「対中国」政策に集約され、最大のポイントは日米会合でも議題となった「台湾海峡」の平和と安全の重要性が話し合われました。中国が南シナ海・東シナ海に仕掛ける一方的な領土変更に対して主権の確保と航行の安全を懸念する議論が行われました。EU圏などは遠く離れたアジアの問題ととらえることなく、強調して中国の専制主義に協調して対応していくことを確認しました。人権問題として懸念を示す「新疆ウイグル自治区」の人権侵害や香港の国家安全維持法や選挙制度の変更に懸念を示し、人権と基本的尊重を要請する。

ミャンマーの軍事クーデターを非難、拘束者の即時解放や暴力の停止を要求する。北朝鮮に対して完全で検証可能且つ不可逆的な非核化の目標を堅持する。ロシアに対してはウクライナとの国境に大規模な軍の増強などの懸念が示された。

新型コロナ・感染症対策のワクチン・治療・診断への公平なアクセス確保。

専制主義国家として強国化する中国に対して、米国を中心とした民主主義国が協調して問題解決に乗り出すか問われることになります。

中国の内需拡大路線と脱中国依存に対応

第二次大戦後、日本は「経済成長を最優先する」方針で、自国経済の発展を最大の目標とし、米国は東西冷戦の戦略上必要として日本の経済発展を積極的に支援した。日本経済は「奇跡的な成長」を遂げました。60~70年代の日本の国内総生産(GDP)成長率は平均16.9%に達し、世界二位の経済国になりました。

2010年日本を抜いて世界第2位の経済大国となった中国は更なる成長が求められ、全人代で内需の拡大改革方針が打ち出されました。多くの労働力・低賃金で経済成長を遂げた中国に更なる成長持続過程に日本が1980年代に求められた内需の拡大策が今、中国に求められています。

日本は平成期の初め過剰な金融政策で1991年のバブル崩壊を招き、以降、生産工場は中国を中心に海外に移り、生産品を輸入する構造的不況が長く続いてきました。技術立国日本の成長を平成期の生産・技術の海外移転で新興国との競争に組み込まれ、海外依存の貿易競争力に大きな懸念が生じています。新型コロナウイルスの影響で鮮明になり、中国の強権政策に対応する必要に迫られています。