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安青錦(ウクライナ)初優勝 大関へ

ロシアのウクライナ侵略戦争から脱出した少年

ウクライナ出身の安青錦(本名:ダニーロ・ヤヴグシシン)は2022年2月24日のロシアによるウクライナ侵攻が始まると家族と一緒にドイツに避難しました。2019年10月大阪堺市で開かれた世界ジュニア相撲選手権で出会った関西大学相撲部1年生の山中さんが3位入賞のウクライナ選手15歳に声をかけ帰国後もメッセージの交流があった。

戦火で相撲も出来なくなったドイツで18歳の徴兵対象年齢直前(同年4月)に日本にわたる決心で山中さんに「日本に行けないか」メール、山中さんは両親に相談して了解を得て山中さん宅で居候しながら日本語学校に通い、午後~関西大学相撲部で稽古を重ね、8月に安治川部屋に入門しました。 

歴史ある関西大学相撲部の山中主将に相談

関西大学相撲部の山中新大(やまなか・あらた)さんは、現在は同大学の職員であり、相撲部のコーチとしても活躍されています。彼はかつて主将として部を率いていた人物で、特にウクライナ出身の力士・安青錦関(あおにしき・あらた)との絆が深く、話題になっています。

戦火の中避難したドイツで困難な状況にあった17歳の少年ダニーロ選手は相撲文化を求めて日本に避難することを決断。山中主将にショートメールを発信、山中新大さんや家族が自宅で生活を支えながら日本語学校に通い、午後は関西大学相撲部で稽古を重ね、縁あって8月に安治川部屋に入門しました。異国から大学生を頼って人生の大きな決断と努力を重ねて、最短で優勝、大関の番付に昇進しました。

優勝したインタビュー 日本語で語る

安青錦関の初優勝インタビューは、日本語での流ちょうな受け答えと、彼の人柄がにじみ出る内容で多くの人の心を打ちました。

九州場所千秋楽、横綱・豊昇龍を破って幕内初優勝を決めた直後、安青錦関はインタビューでこう語りました:

「自分の選んだ道が間違ってなかったと思いました」 「悔いが絶対に残らないように、良い相撲で終わりたいという気持ちで土俵に上がりました」 「大関になれるとは全く考えてなかったけど、嬉しいです」

彼は来日当初、日本語がほとんど話せなかったそうですが、関西大学相撲部での稽古と部員たちの支え、そして自身の努力で、今では見事な日本語を話せるようになりました。わからない言葉はすぐにメモして、その日のうちに何度も使って覚えたそうです。

インタビューでは、普段は寡黙な彼が、笑顔とユーモアを交えて話す姿に、会場からは大きな拍手と笑いが起こりました。ファンからは「青い目のサムライ」「礼儀正しい」「かっこよすぎる」といった声も上がったとか。

この優勝は、彼の母国ウクライナにとっても大きな喜びとなり、「戦時下にある子どもたちの希望になった」と現地からも称賛の声が届いています。

挑戦する大リーグ大谷選手と大相撲安青錦関

大谷翔平選手と安青錦関――まったく異なる競技に身を置きながらも、ふたりにはいくつもの共通点があります。それは「挑戦する勇気」と「文化を越えて人々を魅了する力」です。

🌍 共通点1:異文化への挑戦と適応力

  • 大谷選手は日本からメジャーリーグという世界最高峰の舞台に挑み、言葉や文化の壁を越えてチームの中心選手に成長しました。

  • 安青錦関はウクライナから来日し、言葉も文化も異なる日本で相撲という伝統競技に身を投じ、ついに幕内優勝を果たしました。

💪 共通点2:自らの道を信じる強さ

  • 大谷選手は「二刀流」という前例の少ないスタイルを貫き、周囲の懐疑を結果で覆しました。

  • 安青錦関も「自分の選んだ道が間違ってなかった」と語り、異国の地での努力が実を結んだことを証明しました。

🌱 共通点3:若者への希望と影響力

  • 大谷選手の姿に、多くの若者が夢を重ねています。ヤクルトの村上宗隆選手も「勝てないと思った」と語りつつ、「自分もああなれる」と前を向いています。

  • 安青錦関も、戦火を逃れて来日し、努力で道を切り開いた姿が、ウクライナの子どもたちや日本の若者にとって大きな希望となっています。