· 

サッカーワールドカップ アルゼンチン優勝

アルゼンチン400万人凱旋パレード

1986年マラドーナ選手36年ぶりに擁するアルゼンチンが36年ぶりにメッシ選手で優勝を勝ち取りました。国民的スポーツサッカーの国アルゼンチンは勝ち上がるたびに熱狂する国民は決勝トーナメントで劇的な勝利を勝ち取りメッシ選手がトロフィーを掲げアルゼンチン首都ブエノスアイレスに凱旋しました。400万人の歓迎を受け身動きできない状況でパレードの目的地に着くことが出来なくヘリコプターで選手は移動しました。世界中でオリンピック以上の観戦者がいると言われる4年に一度の祭典の歓喜の瞬間です。日本も16強の決勝トーナメントに駆け上がり、国民はスポーツによって勇気と歓喜を味わうことが出来ました。ありがとう!!

日本 カタールドーハの悲劇~30年

野球王国でサッカー後進国であった日本は30年前同じカタールのドーハで開かれたアジア最終予選イラク戦2×1勝っていたロスタイム数秒で1点入れられ2×2となりアジアリーグで韓国に次ぐ3位になり「ドーハの悲劇」として翌年のアメリカ大会初出場を逃しました。日本にJリーグ(プロリーグ)が出来たサッカー日本の重要な試合の数秒の出来事でした。日本牽引してきた三浦和義、ラモス、武田などの中に森安選手(現監督)いたことは今回知りました。日本はこの敗戦を教訓にサッカーの厳しさと悔しさを胸に4年に一度のワールドカップに7度連続アジア代表として出場しています。しかし、一度もベスト8には達していません。

野球王国日本 サッカー王国に躍進

30年前(1993年)のサッカー後進国日本はプロリーグJリーグ(10球団)発足の歩みを始めました。当時日本のサッカーは実業団チーム、大学などで構成され世界に挑戦するには難しい状況でした。しかし、1964年の東京オリンピック出場、メキシコ釜本邦茂を擁して銅メダルを獲得、しかし、野球王国日本は幼少期に進むスポーツは野球でした。当時に活躍した選手などがサッカーの「プロリーグ」創設に尽力し1993年Jリーグ発足して日本のプロサッカーが産声を上げ30年、アジアを代表する国になりました。10チームで構成されたチームは地域のクラブ組織運営として根付くよう欧州のクラブ組織を参考にして、全国に広がりを見せJリーグ組織は1部~4部までの組織として地方地域と密接につながった組織運営を行って成長しています。歴史のある野球を追い越す勢いで底辺が広がっています。この運営組織を参考にバスケットボールBリーグなども活気を見せています。ラグビーも日本代表が世界レベルに近づくことで多くのファンを獲得しています。

関西人が阪神タイガースに熱中するわけ?

関西人は阪神タイガースが勝てば気分がよい

関西人(大阪人)はアンチ巨人が身に染みているファンが多く、熱狂的な応援で有名です。阪神×巨人戦の甲子園球場はいつも満員で、阪神ファンの熱狂的な太鼓・笛、怒声による応援が甲子園スタンドに響き渡ります。阪神勝てば一面に阪神勝利の新聞が飛ぶように売れる光景を何度も見てきました。負けると”あのアホが!”の声が飛ぶ、直情的なファンの厳しい審判が飛び交います。東京スタジアムではみられない光景です。しかし、関西人のエネルギーはスポーツの観戦でわかります。